ハッキリ意見を言うことの大切さ。自分の頭で考えること

みな実ですw

今日はツイッター見ながら衝撃受けました。

「ブログや発信において、AもあるがBもあるという意見にはなんの意味もない」

という話が流れてきて、めちゃくちゃ反省しました。

 

だって、めちゃくちゃそういう事よく言っているから(泣)

 

反論に対して最初から防御するためだとしても、みんな多種多様な条件の中で生きてるよねってことで考慮した結果だとしても、

自分の意見がハッキリないというのは本当になんの意味も無いって思いました。

 

ちょっと話を聞いてください。

 

揉め事を作るのが面倒臭い

 

私はどちらかと言うと「敢えて」ハッキリ言わないように頑張ってました。

 

誰にでもハッキリ言うので、不良とは揉めるし、女の子の友達も嫌がる人がいました。

逆にめっちゃ頼りにされたり、正直なところを言うことでありがとうと言われることも多々ありましたが、

ちょっと小学校、中学校の間はそもそも空気読むとか、言ってはいけないことも分からないので、めっちゃ友達とかを傷つけたとも思います。

 

最終的に「他人を傷つけた」という罪悪感もあって、あまりハッキリ言えなくなり、他人の前で喋るのも苦手になりました。

(それでも割と言う方ですが)

 

今考えたら「傷つく」のも「傷つかない」のもその人の問題だなって思います。

 

 

本当に「AでもBでもある」って何にも言ってない

 

そのブログ記事で挙げていた「AでもあるがBもある」という例は、

例えばニュースの犯人情報を言うところで、「犯人は女、もしくは男」とか「身長160〜180センチ」など、偶に見かける

「それって結局どんな奴やねん!」

とツッコミ入れたくなるような内容でした。

こんな報道、偶に聞きますよね。結局どんな人でも当てはまるやん、と。

 

女か男かってそれじゃあ対象が何にも絞れてないし、報道しても無駄なのでは?

 

ブログを書いたり、ツイッターとか他の何処かでも、

それぞれの知見から自分の発信内容を解釈することを考えると、どうしても「Aでもあるし、Bの場合もあるよね・・・」と保険的に書いてしまいがちですが、

まあそれでは意見を言っているうちに入らないと言えますね。

 

 

自分の意見が見る人の「問い」になれば良いのでは…

 

個人的にはあまり過激な意見を聞いても、傷ついたり猛烈に反対しようとは思わないですね。

でも結構極端な意見を聞くと「みんなあなたみたいな条件下で生きていないの」とモヤってしまいます。

 

かなりモヤってしまったのがこれ。

 

 

ブロガーでエンジニアのやまもとりゅうけんさんです。

ご本人は会ったこと無いですが、個人的には割とキャラ的にも好きです。

 

大学生がバイトをするかどうかっていうのは、まあ確かに「勉強しろよ!」と思ってしまいますが、私は大学行ってませんので実情はわかりません。

大学の事情は知りませんが、私が大学に行っていたら、間違いなくバイトはしていただろうと思います、お金が無かったので。

安心して大学行って、親と奨学金に養ってもらえるなら勉強とかだけしていたかもしれませんが、私はそうはなれなかっただろうと思います。

 

なので、正直みんなそれなりに裕福ならバイトせず、もっと勉強したり、ビジネス学んだり、セミナーしたりと有意義な時間とお金の使い方をすることができたかもしれませんが、

お金に困っているとその日の生活にお金が直結するので難しいんですよね。

 

 

だから一見すると「お前はな!私は無理」みたいな身勝手な発言みたいに思えるわけですが、
客観的にお金が奨学金や自己資金で賄えているなら、言っているようにバイトしない方が良いと思います。

 

そんなわけで、万人に当てはまる答えというのは存在しないのは間違い無いのですが、
「こうするべき!こうした方が良い!」というハッキリした意見がなければ、反発も生まれないし、強い共感も発生しないのです。

 

大学在学中にどんな風に過ごすかっていろんな選択肢があると思いますが、その選択肢を知っていても、

「なんとなくこれが良いかな?」

「周りがこんな感じだからそうしようかな」

というなんとなくの答えで過ごす人もかなりの数だと思います。

 

そこに上のような「バイトする意味がわからん!」という強気な発言が聞こえてきたらどうでしょう?

 

「やらなきゃやっていけないんだから!」となる人もいるし、「周りに合わせてたけど、時間もったいないな」と思えるかもしれない。

お金をなんとかして、勉強時間を作ろうと思えるかもしれない。

 

言い切った発言はいろんな条件下で暮らしている人たちに対して配慮が無いと思えるかもしれないですが、全員に対して当てはまる最良解はそもそも無いでしょ。

いろんな意見を言い切って発言する人がいるからこそ、
感化され、考えて、自分なりの最良解を導き出せるのだと思いますよ。

 

 

意見は強制ではないので

 

何故かわからないけど、他人に意見を言われるとそれが「強制」であると思う人が中にはいます。

内心「そこまで言い返さなくても、好きにしたらいいのでは?」という人すらいます。

 

人に反対意見を言われると言い返したくなる人の気持ちも分からないわけではないですが、自分の意見に自信があるならそれで良いじゃないですか?

過去の私が過去の友達に「ハッキリ言うところが嫌」と言われたとしても、それって本当はどうでも良いですよね。

友達が減って、嫌われたんだ…というショックはありますが、合わなかっただけで「ハッキリ言うところが良いよね」と言ってくれる友達が居てくれるんだから、その方が無理して気遣って付き合わなくても良いですし。

 

 

それと、自分の意見を言うことに何も躊躇わなくて良いと思います。

間違ってれば修正すれば良いことだし、ハッキリ言うからこそ、人に影響できるはずです。

自分がハッキリ思うことを言えるようになったら、他人に「ハッキリ言わないでほしい」なんて思わないと思います。

極端だなと思う意見にも「そういう見方があるな」「こういう場合は当てはまらないんじゃないかな?」と自分で考えると思います。

 

 

考えない人に意見は生まれない

 

とにかく自分の答えを持てるように考えること。

自己投資もどこまでが正解かなんてわかりません。

お金を勉強に費やしたからって自己投資になるとは限らないけど、お金を使う先を勉強やセミナーや教材費に使って自己投資した気分になっている人もたくさん居ます。

一時期ノウハウコレクターなんて流行ってましたが、単純に勉強だけしてもそうなってしまいやすい。学んだことを現実に活かせないことも多い。

意見をいう人が答えを教えてくれるわけではないので、自分で考えなければ、ある意味情報弱者です。

 

セールスを鵜呑みにしていたらただの情報弱者ですよ。

 

世の中には良い商品はいっぱいありますが、必要ない人が持っていてもただの無駄なのだから、自分に必要なものは選ばないといけないです。

なので無闇に反発せず、自分の答えを持って行動が必要なのです。

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